プロポーズ
「クブコ、あなた、わたくしと結婚いたしません?」
表情一つ変えずにそう言うミリダに、クブコは間抜けに口を開けたまま動きを止めた。
フォークに曖昧に刺さっていた肉料理の切れ端が、ボテッと音を立てて落ちた。
「わたくしの家の学者が、『チェコとスロバキアの共同国家による独立』というものを発表したんですの。
昔は共に暮らしていた同じ民族の国、もう一度一緒になるのも、おかしくはないでしょう?」
喋り始めから喋り終わりまで、ミリダは一度もクブコを見なかった。
「珍しく食事なんか誘って来たと思ったら、随分ムードの無いプロポーズだね?」
クブコは冗談を返してワインを一口含み、驚きをひた隠しにする。
「あら、ムードを要求するだなんて、なかなかロマンチストなんですのね」
ニコリ、と笑ってクブコを見るミリダだったが、その笑顔に温もりは無い。
時代は戦乱の世、欧州全体が火の海と化した世界大戦の真っ只中であった。
後に第一次世界大戦と呼ばれることとなるその戦争は、各地で民族意識が高まる中で起こった。
ミリダやクブコの家でも独立や地位向上に向けての活動が活発化していたが、
大戦の中心国であった彼らの宗主国、ローデリヒやエリザベータの家はそれどころではなくなっていた。
「……混乱に乗じて、独立しようってか」
「忠誠心の起こらない上司のために戦う理由がおありかしら?
敵国であるイヴァンさんもイェレナさんも、わたくし達と同じスラブ民族であるというのに…」
「確かに、同じ民族同士戦うのは美しいことじゃないよなあ」
しっかりと、目が合う。そっと口角が上がる。
「それでは、あなたもわたくしとの結婚、独立に賛成と思ってよろしいですわね?」
「まあ、上司や国民に聞いてみないと何ともいえませんが」
「…わたくしと、結婚してくださいな」
「ああ、喜んで」
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チェコとスロバキアの、国家としての独立の前段階。
この「チェコとスロバキアの共同国家による独立」の発表後、チェコ兵は続々とロシアへ投降、
「チェコ軍団」を作り、ドイツ相手に戦い始めます。
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