「今…何とおっしゃって?」
「だから、ズデーテン、割譲じゃなくて、占領に変更な。
あと、南スロヴァキアと、カルパニア・ルテニアと、あとお前ん家のシレジアも、割譲決定なって」
“イギリス”ことアーサー・カークランドのその言葉に、
“チェコ”ことミリダ・ノヴァーコヴァーは、手に持ったティーカップを危うく落としかけた。
離婚
「いや、ルートヴィッヒの野郎がな、条件飲まねぇと、
もう今にもお前ん家攻め込む気満々なんだよ。そうなったらお前、困るだろ?」
「嘘…だって、軍事動員も解禁で…ドイツに対抗して良いって、あなた方…
アーサーさんもフランシスさんも支援してくださるとおっしゃったじゃありませんか!!」
「だからそっから話が変わったんだって!!
事態を収拾させるには、ルートを納得させるしか無くて、
ルートを納得させるためには、お前ん家のズデーテンを、ルートに今すぐやって、
んで、南スロヴァキアと、カルパニア・ルテニアをエリザにやって、
お前ん家のシレジア、フェリクスにやるしか、方法ねぇんだよ」
アーサーは香り華やかな紅茶をすすりながら、
えてして冷静に、そう告げた。
「わたくしを…売るおつもりですのね……?」
「いや、別に売るとかじゃねえよ……」
「嘘おっしゃい!!じゃあこの、
『ドイツ国はこれ以上の領土要求をしないこと』という条件表記は何なんですの!?」
「いや、まあ…それは……」
「明らかに、この条件とわたくしの土地との交換じゃありませんか!!
大戦回避のために、わたくしやクブコを売ると言うのでしょう!?」
「まぁまぁまぁ…そんなに声荒げるなんてお前らしくねぇぞ?紅茶やっから、落ち着けよ」
「紅茶なんかどうでもいいんですのよ!!」
そう言って、ミリダはアーサーが差し出したティーポットを振り払った。
ガチャン!!と、穏やかならぬ音を立て、テーブルクロスに茶色いシミが広がる。
アーサーは、自慢の紅茶をないがしろにされて顔を渋らせた。
そしてその渋らせた顔をフイと上げ、無駄に胸を張り、ミリダを見下すような目を見せて言った。
「ああ、俺達はお前等を売った。…で?何か問題でもあるのか?」
ミリダはその言葉に呆れかえりつつも、
不思議と言い返す言葉を見つけられなかった。
「お前がクラウツの野郎共に攻め入れられたいってんなら、俺はこれ以上何も言わねぇよ」
絶望的な言葉だった。
今回の会談には、同盟国であるフランシスも参加していた。
そしてアーサーは、その同盟国を“支援する”と言っていたはずだ。
同盟国と、その味方とがそちら側なのならば、彼女にもう成す術は無い。
相手は堅固な同盟と絆で結ばれた強国、
こちらは薄情な同盟国に見捨てられた弱国。
「各地割譲とその他まぁ細かいところ諸々……反意はねぇな?」
ミリダが力なく頷き、砂糖たっぷりの紅茶の中に、涙を一滴零したのを、
アーサーはあくび半分で確認した。
帰宅したミリダを迎えたのは、怒り顔のクブコだった。
「おかえり」
「ただいま戻りましたわ…」
ふらふらとリビングへ戻るミリダの後を、クブコはゆっくりとついていく。
「ミュンヘン協定…承諾したんだって?」
椅子に座ったまま、何の反応も示さないミリダに、
クブコは嘲笑の顔を向ける。
「どうやら、エリザの野郎はゆっくりとした割譲じゃ納得いかないってよ、
そのうち『今すぐよこせ』って言ってくんじゃねぇ?」
尚も押し黙るミリダに、クブコはコーヒーを淹れながら続けた。
「アーサーさんとフランシスさんは、『戦争の危機が回避された』って、
熱狂的な歓迎の中帰国だって。
ミュンヘン会談仲介者のフェリシアーノさんも、大仕事を果たしたって国民から絶賛だってさ」
コトリ、優しい音を立てて、クブコがミリダの前にコーヒーを置いた。
「お前にはがっかりだよ、俺も一緒に行けば良かった。
そしたら、協定なんて絶対反対・断固拒否して結ばせなかったのに……」
やっと顔を上げたミリダの前にあったのは、
クブコの冷たい瞳だった。
「もう、お前とはやってられない。悪いけど、独立させてもらうから」
パタン…ドアの閉まる静かな音が部屋に響いた。
いっそ、大きな音を立ててくれれば、こっちもムシャクシャできるものを…。
「………ズズズ……美味し…」
最後のはなむけに贈られたコーヒーは、
いつだったか、二人一緒にテラスで飲んだあの時のものと同じ様に、
温かく、ミリダの体へとしみ込んでいった。
結婚20年目の、節目となる秋の日の事だった。
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◆ミュンヘン会談◆
イタリアの仲介によりミュンヘンにて行われた、フランス・イギリスとドイツの会談
当事者であるチェコスロバキアは、参加させてもらえませんでした
え〜、何ともややこしい第二次世界大戦前の、東欧のわちゃわちゃした感じです 笑
この会談でワガママが通っちゃったドイツは、どんどん強気な政策を取り始めます。
細かい事が気になる方は、wiki先生に聞いてみて下さい。
ここで必要なのは、
チェコスロが英仏に裏切られた→スロバキア怒って独立機運高まる
的な何となくの流れです
(口酸っぱく言いますが、管理人の浅はかな知識と大いなる萌え補充、不謹慎は承知の上です)
この後スロバキアはチェコスロバキアから独立、ハンガリーと戦争を起こし、
結局ドイツの仲介により南スロバキアはハンガリー領に組み込まれ、
残ったスロバキア領はドイツの傀儡国家『独立スロバキア』として枢軸側で参戦
チェコはドイツ領扱いになってしまいます
戦争の波に飲まれた二人は、離婚をする事になってしまうのです
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