涼しく冷房の効いた快適な部屋に集まるは、
ヨーロッパ・アジア・アフリカ・アメリカ・オセアニア……
あらゆる地域から集まった、世界各「国」。

今正に、2010年夏の世界会議が行われている最中である。
とある“違和感”を抱えながら……。




水のようせい




「やっぱり温暖化を防ぐには、でっかいヒーローに地球を守ってもらって…」
「非現実的すぎるだろう!! だいたいそんなにでかいヒーローがどこにいるんだ!?」
「そんなの、きっと菊がちゃちゃちゃっと作ってくれるさ、な?菊☆」
「え!? いえ…あの……ぜ、善処します…」

珍しく踊らずに進む会議の中、
“彼”は父親にスウェーディングしてもらったアホ毛を揺らし
会議に参加していた。

(ふふふ…まずは潜入成功なのですよ!!
 ココからさりげなく、シーランド国家承認に話を進めるですよ、頑張るですよ〜!)

そんな事を考えながらフフフとほくそ笑む“彼”の後ろに、一人の紳士が現れた。

「何か変だと思ったら、またお前かピータぁぁあああ!!!!」

紳士アーサーの出した怒鳴り声に驚いた“彼”、
ミクロネシアのシーランドことピーターは、椅子から転げ落ちて言った。

「ど、どうして分かったですか!? 完璧にマシューに変装してたですよ!?」
「バレバレだよ馬鹿ぁ!! って事は…あ―――っ!!!やっぱり!!イヴァン、お前、後ろ!!マシューが潰れてる!!!!」
「あ!本当だ〜、ごめんねマシュー君、全然気付かなかったよ〜」
「は…はははは……」

混乱に乗じて、また他の誰かに変装をしようと思ったピーターだったが、
アーサーに見つかりその作戦は失敗してしまった。

「くぉらピーター…何やってんだ?お前……」
「えっ…えっと、あの…」
「お前は廊下で大人しく待ってろ!!!!」

ピーターはアーサーにひょいとつままれ、ポイっと乱暴に追い出されてしまった。

「いててててて…アーサーは乱暴な奴なのですよ……」

そう独り言を言いながら顔を上げると、
大きな目をした女の子が、その大きな目を更に大きく見開いてこちらを見ていた。

「び…っくりしたあ……」
「あ――っ!! ピーター君お前の事知ってるですよ!!
 お前はイェレナなのですよ、今日遅刻してるセルビアなのでs……」
「し―――っ!! し――――――っっ!!!!」

大きな目をした女の子改めイェレナは、ピーターの口を無理矢理ふさぎ静かにさせると
ふぅと小さくため息をついて、会議室内に聞こえぬよう小声でピーターに尋ねた。

「ピーター君、また会議に潜入してたの?」
「そうですよ、ピーター君は“フクツ”の精神の持ち主なのですよ何度だって挑戦をするのですよ!」
「……ピーター君、“不屈”の意味解って言ってる?」
「なんとなく、ですよ」

ピーターも自然と小声で答える。

「…ねぇ、今会議どんな感じだった? 遅刻しちゃってさあ…入りにくいんだよね……」
「自業自得なのですよ……。今は行かない方が良いのですよ、丁度アーサーが期限悪くなった所なのですよ」
「ピーター君を見つけたから…ね」

イェレナは、どうしよっかな〜などと言いながら、会議室の前をうろうろし始めた。

「ピーター君もう行くのですよ、潜入が駄目なら、今度は窓から覗くですよ」
「あ!それいい!! あたしも行く〜♪」
「まったく…ピーター君の邪魔したら、承知しねえですよ?」




「ああ…中は涼しくって快適なんだろうなあ……何であたし、こんな所でこんな暑い思いしてんだろ…」
「遅刻した自分が悪いのですよ…」

イェレナとピーターは、会議室の前の、木陰の近くの窓から中を覗いていた。
木陰の中とは言え、冷房の効いた部屋と比べると、涼しさは雲泥の差である。

「ジュースでも買って来ようかな〜、熱中症になりそう」
「うるせえ奴ですね…真面目に覗き見する気あるですか?」
「ねえねえ、お姉ちゃんがジュース奢ってあげるよ、ピーター君何がいい?」
「ソーダかコーラがいいのですよ」




「ねえ〜、ピーター君、いつまで中見てるの〜?あたしつまんないよ、こっちでお喋りしようよお〜……」

イェレナが買って来たジュースをすすりながら言う。

「お前、本当にピーター君の先輩ですか…? まあいいですよ
 ピーター君は大人ですから、ちょっとくらいなら付き合ってやってやるのですよ!」
「やったあ♪」

ピーターはそう言うと、窓から離れイェレナの隣に座った。

「で? 何の話するですか?」
「そうだねぇ…じゃあ、あたしん家に伝わる、童話を話してあげるよ!ピーター君、童話好き?」
「ピーター君、子供じゃねえですから、童話は好きじゃないのですよ!!でもせっかくだから聞いてやるのですよ」
「素直じゃないなあ〜、じゃあ、話すね ―――――」




―――――むかしむかし、あるところに、泳ぐのが大好きな男の子がいました。
ある日、男の子は河で、いつものように泳ぎを始めました。
しかしその日のまえの日は、大雨がふった日だったので、
河の水はいつもよりふえていたのです。
男の子は、水かさのました河で、おぼれてしまいました。

おぼれた男の子に、一人うつくしい女の人が近づいてきました。
かのじょは水のようせいで、この河のふかい底にある、お城に一人淋しくすんでいました。
水のようせいは、男の子を助けて、お城につれてかえることにしました。
男の子といっしょに暮したら、きっと淋しくなくなると思ったのです。

水のようせいは、男の子を、かべも、ゆかも、はしらも、ベッドまでも水晶でできた、
水晶のへやに男の子を寝かせました。

男の子が目をさますと、
目の前には、水晶でできたつくえに、水晶でできたおもちゃが並べてありました。
男の子はうれしくなって、しばらくは水晶でできたおもちゃで遊んでいたのですが、
だんだんと淋しくなり、ついには「あーんあーん」と
泣きだしてしまったのです。

はしらのかげから男の子を眺めていた水のようせいが、
すぐに男の子に近づいて尋ねました。

「どうしたの、坊や? 水晶のおもちゃは楽しくなかったの?」
「ちがうよ、ぼく、お家にかえりたいんだ」

困りはてた水のようせいでしたが、やがて男の子が泣きつかれて眠ると、
こんどは、かべも、ゆかも、はしらも、ベッドまでも銀でできた、
銀のへやに男の子を寝かせました。

つぎの日、男の子が目をさますと、
目の前には、銀でできたつくえに銀でできたおもちゃが並べてありました。
男の子はうれしくなって、しばらくは銀でできたおもちゃで遊んでいたのですが、
やっぱり、「あーんあーん」と泣きだしてしまいました。
水のようせいはまた、尋ねました。

「どうしたの、坊や? 銀のおもちゃは楽しくなかったの?」
「ちがうよ、ぼく、お兄さんやお姉さんといっしょに遊びたいんだ」

困りはてた水のようせいでしたが、また、男の子が泣きつかれて眠ると、
こんどは、かべも、ゆかも、はしらも、ベッドまでも金でできた、
金のへやに男の子を寝かせました。

つぎの日、男の子が目をさますと、
目の前には、金でできたつくえに金でできたおもちゃが並べてありました。
男の子はうれしくなって、しばらくは金でできたおもちゃで遊んでいたのですが、
やっぱり、「あーんあーん」と泣きだしてしまいました。
水のようせいはまたまた、尋ねました。

「どうしたの、坊や? 金のおもちゃは楽しくなかったの?」
「ちがうよ、ぼく、お父さんとお母さんに会いたいんだ」
「でも、ここには水晶も、銀も、金もこんなにあるし、ここの方が楽しいでしょう?」
「ぼくはお家がいい、お家がいいんだ!」

男の子は、お家のことや、お父さんやお母さんのこと、お兄さんとお姉さんのこと、
みんなで遊びにいった日のことなどを、水のようせいに話してあげました。
話をききおわった水のようせいは、男の子のまえに、たくさん宝石をつんで言いました。

「あなたに、この宝石を全部あげるわ! それでもお家の方がいい?」
「決まってるさ! お家の方がいいに、決まってるさ!!」

水のようせいは、男の子といっしょに暮らすのを、あきらめました。

男の子が目をさますと、いつもの河の岸辺でした。
「夢だったのかな?」と思った男の子でしたが、
ポケットには、水のようせいがくれたたくさんの宝石が入っていました。

男の子がお家へかえっていくのを見て、水のようせいは
「また一人ぼっちで暮らすのだ」と思い、涙をポロリと流しました。

男の子がお家へかえると、お父さんと、お母さんと、お兄さんと、お姉さんが
かわるがわる男の子を抱きしめました。
家族は、水のようせいがくれた宝石で、いつまでも、仲良く暮らしましたとさ ―――――




「――――― おしまい。ヤマもなけりゃ、オチもない話だよね(笑)
   まぁつまりは、家族が一番大事って話なんだけど」
「……」
「ピーター君?」
「……この男の子は…ピーター君とこの、衛兵さんなのですよ……」

風が吹いて、ザワザワと木の葉がすれる音がうるさく鳴る。

「衛兵さんは、一人で、ピーター君と一緒に暮らしてくれてるですよ
 ……衛兵さんも、本当は家族のところにかえりたいのかもしれないですよ…」

ピーターは、イェレナに買ってもらったメロンソーダを飲んでみたが、
もう微温くなって炭酸も抜けてしまっていたので、あまり美味しくなかった。

「……きっと、水の妖精にとっては、
 男の子はもう、一緒に暮らす“家族”みたいなものだったんだろうね……」
「……」
「ピーター君にとっては? 衛兵さんは“家族”?」
「そりゃそうなのですよ!! ピーター君と一緒に暮らしてくれてる、たった一人の人なのですよ!?」
「じゃあきっと、衛兵さんにとってももう、ピーター君は“家族”だよ!!」

そう、イェレナは満面の笑みで言い切った。
ピーターは呆気に取られた。
この女のこの自信はどこから来るのか、全く謎だった。

「だってもう、何年も一緒に暮らしてるんでしょ?
 あたしだったら、もうピーター君が可愛くて可愛くて仕方無くなっちゃうと思うけどなっ」

そう言って笑うイェレナの顔が、木漏れ日に反射してキラキラと光る。

「……変なこと言う女ですね…。何だかお前と話してたら、悩んでるのが馬鹿馬鹿しくなってきたですよ…」
「あら、本当!? どういたしましてっ♪」
「別に礼を言うつもりはねえですよ……」

ピーターは美味しくなくなったメロンソーダを一気に飲むと、
すっくと立ち上がった。

「さて!! お喋りは終わりですよ! 次の作戦を考えるのですよ!!」
「ヤル気満々ですねぇ、ピーター君!!」
「お前はもうちょっとヤル気になれですよ……」
「いやなんかもう、会議サボっちゃおうかなあとか(笑)
 どうせあたしがいたっていなくったって、大して変わんないだろうし……」
「なら、ピーター君に協力して欲しいのですよ!」
「…?」




「そうだ!! どうせならでっかいヒーローを二人作れば、もっと効率上がるんじゃないか!?」
「だからもっと実現性を考えろ……くぉらぁあ!! フェリシアーノ!! 寝るなぁああ!!」
「善処するでありま〜す!!」
「だからそれじゃセンスに欠けてるって、ヒーローの胴体はもっとこう……」
「いえ、いけません、ココは日本男児として譲れませんよ!!」
「菊に作れるものが、我に作れないはず無いある!!」
「ほら!! 彼もそう言ってるし、やっぱりココはヒーローを二人…」
「菊が作れないと言っているんだ!! おい菊!! お前もコッチ来て話をしろ、引き籠るなぁぁあああ!!」
「コルコルコル…みんな楽しそうだなあ★」

涼しい会議室はどこへやら、会議はヒートアップし、熱い議論が交わされている所だった。
熱弁を奮う者、それを必死に否定する者、シエスタする者、内職をする者、それをニコニコと眺める者……。

急に、バン!という大きな音を立ててドアが開いた。
そこには、コゲ茶色の天パ髪を赤いヘアピンで止め、白い歯を覗かせて笑う、
ピーターの姿があった。

「遅れちゃってすまねぇなのですよ―――っ!!」

一瞬の間。

「くぉるぁああ、ピぃぃぃタぁぁぁぁぁ……おん前、何してやがる…?」

アーサーが「ゴゴゴゴ」という効果音の下、ピーターの前に立ち塞がる。
再びひょいとピーターをつまみ上げると、今度は会議室の真ん中に椅子を出し、
そこへドスンと座らせた。

「ななな何でバレたですか!? 変装は完璧だったですのに!!」
「どこが完璧なんだよ!! そんなカツラどっから持ってきやがった!!!」

アーサーはおびえるピーターに背を向け、今度はドアの方に向かって叫んだ。

「いるんだろ!?  さっさと出て来いイェレナ!!」

「えへっ」と笑って、ドアからイェレナが顔を出す。

「お前、一体何分の遅刻だと思ってんだよ!!
 だいたい、何でピーターを止めなかったんだ!! 成功するとでも思ったのか!!」
「いや、なかなか面白い登場シーンになるかと思って……」
「バカかお前!! …もういい、会議を再開するぞ!!」

アーサーはそう言い放ち、自分の席へと戻った。

「まったく、会議の司会は俺だろう? 勝手に出しゃばって欲しくないんだぞ!!」
「それに、遅刻者に対する罰が軽すぎる!!」
「ヴェ〜、ルート怖ぇ〜っ! 女の子にはもっと優しくしよぅよお〜」

イェレナはそそくさと席に着いた。
どさくさに紛れ、その傍らにピーターを隠して。

「ありがとですよ! 再び潜入成功なのですよ!」
「どういたしましてっ! 可愛い男の子の頼みとあらば、聞いてあげないわけいきませんから!」

互いにウィンクをし、クスクスと笑う二人であったが、
この作戦もすぐにバレてしまった事は、言うまでも無い。




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ヤマも無くオチも無いのは、このSSの方なんじゃないだろうか

実際にセルビアに伝わる、水の妖精のお話
教訓めいた話に慣れてる身としては、なんだか哀しいだけのお話に思えますね

シーランド公国の衛兵さんって、家族とかいるんだろうか…もしや単身赴任?
そこだけがすごく気になります……