質素でありながら、ただひたすらに大きく威風堂々たるその城のたたずまいに
エリザベータが漏らした言葉は「すごいなあ」の一言だけだった。
煌びやかな装飾や鮮やかなカラーリングなどは一切なく、石そのままの色形をむき出しにした造りは
仕事柄国内外の大小様々な城を見て来たエリザベータにとってひどく簡素で淋しげに見えた。
それでも、どこか荘厳さを放ち続けているのは、柱や門や全てがとにかく巨大で
いくつにも付き出した塔の一つ一つが空に届きそうな程高く伸びているせいなのだろう。
中に入るべく門に近づくと、両側にいた門番が持っていた槍をクロスさせて道を塞いだ。
「入城許可証を提示願う」
門番に言われ、エリザベータは腰に下げた小さな鞄から手紙を取り出す。
「先日、城の使いと言う者より王様からの依頼書を預かりました。
一緒に許可証も入っていましたが、これで間違いないですか?」
門番は封書を確認し、「お入りください」と言って道を開けた。
天井は高く、エリザベータの鎧靴の足音はカツンカツンとよく響く。
いつも眺めていた城下町の背景の中に、今自分はいるのだと思うと、何だか妙な気分になった。
「よくぞお出でくださった、礼を言うぞ」
奥から出て来た案内の人は、意外にも女性だった。
眼鏡を掛けた真面目そうな人で、歩くたびに横で編まれた三つ編みが揺れる。
「珍しいですね、案内が女の人なのって」
そう話しかけると、女性が「不満か?」と尋ねるので、「凄く良い事だと思います」と返した。
通されたのは、城の中を随分奥に進んだ所にある広間だった。
だだっ広い部屋の真ん中に、長い長いテーブルと、ズラリと並べられた椅子、
そこに二人、女性が静かに座っていた。
「ここでしばらくお待ちください」
そう言って、案内の女性は出て行った。
「こんにちは、あなた達も王様に呼ばれて来たの?」
エリザベータが話しかけると、髪を編みこみに結い上げた女性が「ええ」と答えた。
作業エプロンを身に付けており、おそらく職業は技術者か何かだろう。
「私は、もともとこの城の関係者ですので」
もう一人の、白い大きな帽子をかぶった少女が答えた。
大きな杖を持っている姿から、魔法使いである事がわかった。
「でも何で女の子ばっかり? それこそ、剣士なんて皆、男を選ぶモンなのに…」
まあ、男女優劣って嫌いだし、私としては嬉しいけどね。
そうエリザベータが言うと、女性二人が顔を見合わせて不思議そうな顔をする。
「依頼書に書いてあったでしょう?」
「読んでいらっしゃらないんですか?」
「ああ…私、職業柄宿屋を転々としてるからさ。ああいう所で依頼書おっ広げるのも考えものじゃない?」
そう答えると、なるほど、と言う様に二人が頷いた。
「私達が集められたのはですね…」
「王様の大切な愛娘である、セイシェル王女様の護衛をするためです」
声がした方を見やると、部屋の出入り口に、眼鏡を掛けた女性が立っていた。
「もうすぐ王様が見えられます故、お喋りは中止してください」
そう言って、その女性はエリザベータの向かい側へ座った。
するとすぐに「王様のおな〜り〜!」という高らかな声とともに、奥のドアから男性が数人、入って来た。
眼鏡の女性と白帽子の少女が頭を下げたので、エリザベータも同じ様に頭を下げる。
「皆さん、頭をお上げください」
そう声がしたので頭をゆっくり上げると、長テーブルの一番向こうに、王様とその側近が立っていた。
王様はゆっくりと椅子に座ると、一つ咳をして話し始めた。
「今日は急な収集に応じてくださり、感謝します。
早速ですが、こうして皆さまにお集まり頂いたのは、先日の封書の通り、
我が娘セイシェルの護衛を皆さまに頼みたく思っての事です」
王様と言えば、もっと偉ぶった嫌な人なのかと思っていたが、思いのほか丁寧な口調にエリザベータは少々驚いた。
「我が娘セイシェルですが…少々不可思議な力を持っていまして、その…」
もごもごと口ごもる王様に、眼鏡の女性が立ち上がって言った。
「王様、私から説明いたします」
ああ…じゃあ頼む、と言ったのだろうか。
王様の声はとても小さく、口周りの白い髭に全て喰われてしまったかのようだ。
「私の仕えるセイシェル王女様は……未来予知の力をお持ちです」
眼鏡の女性は、少し溜めて、そう言った。
「は!?未来予知?え、何それ…??」
エリザベータは椅子から立ち上がって尋ねたが、驚いたのは彼女だけの様だった。
「聞いた事がありますわ。先日のアクレイギア山の土砂崩れを、セイシェル王女は予知していたと」
「国民の間では、セイシェル王女が起こしたのでは無いかとの噂も立っているそうですね」
どうやら、王女様の不思議な力は有名な話の様だ。
「もちろん、王女様はその様な事をする方ではありません。
ですが、国民…城の従事者の中には、王女様の力に恐怖を感じている者が多い事もまた事実」
王様は下を向き、その表情は影になって読み取れなかった。
「そこで、王様と妃様は、東の地にあるスズラン島の月の塔にて
王女様を神子として仕えさせると決定しました」
スズラン島といえば、古来より神々が住んでいるとされている島で、
月の塔とはその真ん中の、祈祷の場として建てられた塔だ。
そう言うと聞こえは良いが、選ばれた者のみにしか立ち入る事は許されないため
普段は誰も寄り付かず、世間とは完全に隔絶された孤島である。
「なるほど。それでその月の塔までの護衛をわたくし達にしろとおっしゃるのですね」
「正確には『スズラン島まで』になりますね」
「ちょっと待ってよ……それってつまり、王女様を厄介払いしようとしてるだけなんじゃないの!?」
エリザベータの一言に、広間が静まり返った。
王様はますます下を向き、眼鏡の女性はこちらを睨む様に見ている。
「だって…スズラン島って、鳥さえ寄りつかない様な所じゃない…
そんな所に王女様一人を送り込もうって言うの!? どうかしてるわ!!」
「一人ではありません、彼の処にはシスターが数人居住していますから、身の回りの世話は彼女らにさせますし…」
「そう言う話をしているんじゃないのよ!! 私が言いたいのは…」
「いいんです!」
一際高い声がして、エリザベータは言葉を止めた。
先ほど王様が入って来た入口のところに、黒髪の少女がそっと佇んでいる。
「セイシェル!」
王様が彼女のもとへと駆け寄り、自分の側近達を下げさせた。
「これが娘のセイシェルです。今は、男は出来るだけ近づけさせない様にしています。
これから神に仕える予定の身ですから、異性と触れ合い影響を受けることがあってはならないので…」
王様がそう紹介をすると、黒髪の少女はペコリ、とお辞儀をしてみせた。
「今回の事は娘自身も望んでいる事です…。
嘘だと思われるかもしれないが、私や妻も、娘を手元から離す事は何よりも辛い。その上での苦渋の決断なのです。
このまま城にいて腫れ物扱いされるより、神に仕える身として力を使う方が、国のためにもなり、また娘のためでもある…」
「……」
エリザベータは何も言い返せず、けれども納得する事も出来ず、唇を噛み締めて俯いた。
「わかりましたわ、お受け致しましょう」
静まり返った空気を破ったのは、髪を編み込みに結いあげた女性だった。
「しかし、少しでも納得がいかない場合…少しでも、厄介払いの気配を感じた場合…
その時には、わたくしの全力を尽くして何としてでも王女様を連れ戻します。
絶対に邪な思いは無く、この条件を飲んでくださるというのなら、このお話、有り難くお請けさせて頂きます」
そう言って、彼女はエリザベータの方を向いてほほ笑んだ。
聖母マリアの慈しみの様でもあり、やんちゃ坊主のイタズラ心の様でもある、不思議な笑顔だ。
「私も! 彼女と同じ条件で、それでも良ければお請けします」
眼鏡の女性は二人の態度に呆れたのか、深くため息をついたが
それはどこか、ホッとした時に出すモノでもある様な気がした。
「…わかりました。貴女方は、実に頼もしい女性です、是非、セイシェルの事をお願いします」
その他の二人は…と王様が顔を上げる。
「…側近である私に、行かない、と言う選択肢があるとお思いなのでしょうか?」
「私も、この城の従事者ですから。王様の命に背く事は、兄様のためにも出来ません」
王様はそれを聞いて、安心した様に大きく息を吸い、言った。
「それでは、セイシェルの側近イゾリア、王宮魔導師バッシュの弟子マリー、
魔法武器職人ミリダ、国一の女剣士エリザベータ、以上4人に、我が娘セイシェルの月の塔までの護衛を命ずる」
4人の女達が、お互いに視線を合わせほほ笑んだ。
「「「「喜んで、お請けさせて頂きます」」」」