―――とある夏の夜、パソコンの前で固まる独りの男がいた―――
「…へぇ?って!!…はぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
Beer-fight
涼しげな夏の夜、優しい月明かりを眺めながら、読書をして一人ゆっくりと過ごす。
傍らには愛犬がすやすやと眠り、コーヒーは温かく、実に静かに時が流れる……。
これが一番の至福の時間だというのだr
ドカッ!!バタバタバタ
音がしたのは……二階か?
………どうやら俺の至福の時間は終わりらしい……。
バンッ!!
「おいヴェスト!! 大変だ!!」
「……兄さん、ドアは静かに開けてくれないか」
「んなことより知ってるかヴェスト!! ビールの消費量世界一はドイツじゃねぇーらしいぞ!!」
「あぁ、確かチェコだったか?」
「そうだ!! って知ってんのかよ!!」
「……あぁ、まぁな」
『そんなことか』と思いつつ呆れていると、いきなり兄さんが俺の腕をつかんで立ち上がらせた。
「こうしちゃいられねぇーぞヴェスト!!」
「!? ちょっと待ってくれ兄さん!! どこへ行くつもりだ!!」
「決まってんじゃねぇか!! ミリダんところに行くんだよ!!」
「はぁ!? どうするつもりなんだ!!」
「そりゃもちろん、ビールつったらドイツだってこと分からせてやんだよ!!」
「!! 何をするつもりだ!?」
「そんなん『飲み比べ』に決まってんだろ!! ビール飲み比べしてどっちが強いか見せ付けてやるんだ!!」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
俺は、また兄さんのどうでもいい思いつきに巻き込まれるらしかった……。
―――数時間後―――
「……本当に来てしまった…」
俺は本当にミリダの家の前まで来てしまった。
「よっし!! 行くぞヴェスト」
「はぁー……あのなぁ、兄さん…」
ガチャ
「一体どなたですか!? わたくしの家の前で騒々しくしていらっしゃる方は……」
「「あっ!!」」
「あら、ルートヴィッヒさんでしたの?」
「あぁ…すまないミリダ。うるさくしてしまって」
「……おい」
「いえ、お久しぶりですわねルートさん」
「あぁ、久しぶりだな」
「……おいっ!!」
「お元気そうでなりよりですわ」
「あぁ、そっちも変わりないようだな」
「えぇ」
「……おいって!!」
「それで今日はどういったご用件で?」
「あぁ、実は……」
「!! おいっ!! 俺を無視するな!!」
「あら? いつから居らしたんですの? ギルベルトさん」
「さっきからずっと居たよ!!」
「それはそれは、気がつかなくてどうもすいません」
「ぜってぇーわざとだろ!!」
―――数分後―――
「……なるほど、それでうちへ…」
兄さんが事情を説明すると、ミリダは静かにそう言った。
兄さんはミリダが淹れてくれたハーブティーをガブガブ飲みながらデカい声で「おう!」と答える。
……はぁ…せっかく美味い茶だというのに…もう少し味わうという事を知って欲しい……。
ミリダの家はお洒落な家具が揃い、綺麗に片づけられていて、庭の菩提樹の香りが漂い、なんとも過ごしやすく心地よい。
ああ…女性の家に押しかけて思うべき事では無いが…出来る事ならもっとここでくつろいでいたい……!!
しかし、そのような訳にはいかない。
俺は茶のおかわりを催促する兄さんを、咳払いで制止した。
「あ〜…ミリダ、兄貴が騒いですまなかった。せっかくの休日だというのに…もう帰るから安心してくれ。」
「!! おいヴェスト!! 何言ってんだよ!?」
「兄さん!! ミリダの迷惑も考えろ!!」
「何だよお前、悔しくねぇのかよ!!」
「悔しい悔しくないの問題じゃないんだ兄さん……」
ドンッ!!
「……それは何だ? ミリダ…」
「……ピルスナー・ウルケルにガンブリヌス、ブドヴァーとスタロプラメン、それからコゼルにヴェルヴェット…。
どれも自慢のチェコビールですわ。…するのでしょう?飲み比べ」
「!?」
「さすがミリダ!! そう来なくちゃ面白くねぇ!!」
「いや、ミリダ…しかしだな……」
「これでも『ビールの国』を自称する身ですわ、その勝負、買わない事には私の気も収まりません。
……それとも、負けるのが怖いのですか、ルートさん?」
「いや…その…」
「んな事ねぇよなぁヴェスト!! おい、ミリダ!! 余裕ぶっこいてると後悔すんぞ!! お前なんかぶちのめしてやる!!」
「ふふふ、わたくしは自分のプライドと威信をかけて全力で戦うだけですわ」
俺は、兄さんのどうでもいい思いつきに…
いや、「兄さんとミリダの」どうでもいい思いつきに、本格的に巻き込まれるらしかった……。
―――さらに数分後―――
「さて、準備は整いましたわ。家にある全てのビールを御用意させて頂きました」
「……すごい量だな…」
「ケセセセっ、テンション上がってきたぜ!!」
どうしたものか…恐らくもうこの二人を止める事は出来ないだろう。
しかしせめて…俺まで飲み比べ勝負に参加させられる事態だけは避けたい…何故なら、何故なら……!!
「!! そうだ、ミリダ!! 判定係はどうするんだ?
三人が三人酒の入った状態では、まともな判定など出来ないだろう!? なんなら俺が……」
「ああ、その事でしたら御心配なさらず。わたくしが既に適役をお呼びしておきましたわ。」
「て、適役…?」
ピンポ―――ン
「あら、ちょうど来たようですわね」
「おっ邪魔しまーす」
「おう!! クブコじゃねぇか!! ケセセセっ久しぶりじゃねぇか!!」
「ああ、はいどうも…どしたんスか?お揃いで…うわっ何このビールの量……」
「実は三人でビールの飲み比べをする事になったんですのよ。それで、あなたに判定係をお願いしようかと思いまして……」
「目の前でみんなが美味しそうにビール飲んでんのを一人我慢して眺めてろってか!!」
「で!? やってくれんのか!! くれねぇのか!!」
「や、まぁ…ルートヴィッヒさんやギルベルトさんがやってくれって言うならやりますけど…」
「あ、いや、俺は……」
「よっしゃ!! 決定だな!! じゃあさっそく始めんぞ!!」
……俺はもう、このどうでもいい思いつきから逃れる事が出来ないらしかった……。
―――十分後―――
「それでは!! 飲み比べ勝負、チェコvsドイツ(&プロイセン)!! 始め!!」
「おい待てクブコ!! 何だよその『かっこ』って、『()』って!!」
「Na zdravi♪」
「プ…Prosit……」
「いやおい!! 待てって、待てって!!」
―――再び十分後―――
「ケセセセセ!! ビール飲む俺様格好良すぎるぜーーーっっ!!」
「あらまぁ、見事な自画自賛♪」
「……」
「……なぁ、俺も飲んじゃ駄目?」
「駄目ですわ」
「なぁ、ちょっとだけ、ちょっとだけだよ!!」
「駄目ったら駄目ですわ!!」
―――更に十分後―――
「おい、ヴェスト!! しっかりしろヴェスト!! まだダウンには早ぇぞヴェストぉ!!」
「…もう、勘弁してくれ…徹夜明け…なんだ……」
「あら、それで渋ってらしたの、ドイツさん? 言っておきますが、わたくしも昨日はあまり寝てませんわよ?」
「くそっ……ヴェスト、お前の分も俺が飲んでやるからな!!」
「いや、ルートさんの分はぜひ俺が…っ!!」
「駄目っ」
「本当!! 一杯だけ!!」
「駄目ったら駄目!!」
「……。(返事が無い、只の屍のようだ。)」
―――翌日―――
俺が目を覚ましたのは、次の日の昼の事だった。
なんと俺は、女性の家にいきなり電話も無しに押しかけた上、一泊してしまったのだ!!
その事実に頭を悩ませたいところだが、二日酔いでそれどころでは無い…。
俺の隣には、俺より酷い二日酔いを起こしてしまったらしい兄さんが、クブコに介抱されていた。
ここが客室で、二つあるベッドを俺と兄さんで占領しているという事は、クブコは一体どこで寝たんだ?
まさかミリダと一緒にミリダのベッドで……!?元夫婦とはいえそれはちょっとマズいんじゃないのか!?
などといらぬ心配をしてしまったが、どうやらクブコは兄さんに一晩中つきっきりで寝ていないらしい……
ああ…なんと迷惑な兄弟なんだろうか俺達は……。
昨夜の飲み比べだが、勝ったのは兄さんだったらしい。
それはそれは近年稀に見る、激しい戦いだったようで……。
―――今から、数時間前―――
「おうみりだもうだいぶつらいんじゃねぇのかぎぶあっぷしたっていいんだぜ!?」
「うふふ、うふふふふ…ふふふ〜♪」
「おれさままだまだいけるとかほんとういけめんすごすぎるぜ〜!!」
「ルートさん客室に寝かせて来たよ〜」
「うふふ、うふ、うふふふ……」
「あ〜…ミリダ…完全に酔って来たな…何、おかわり?」
「おいくぶこおれもおかわりだぜおかわりするおれかっこいいぜ!!」
「……こっちももう終わりが近いなあ…はい、おかわりですね〜」
バタッ
「!? ミリダ!?」
「!!」
「……zzz」
「あ…何だ、寝てるだけだ……」
「ってことは? おれさまの? かち?」
「そうですね、そうなります」
「やっったぜ〜!! おれさまかったぜほめろたたえろおれにひざま@¥★%#……」
「ギルベルトさん!? ギルベルトさん……」
そして兄さんは倒れ、一晩中寝ては呻き、吐き、水を求め、今に至るらしい。
それならばミリダも相当な二日酔いを起こし、きっと自分のベッドで寝ているのであろう……。
俺は当然のようにそう思った。思ったのだが……。
「さあルートさん、ハチミツと生姜を湯で溶かしたものです。二日酔いに効くそうですのでそうぞ。
それから、日本さんに頂いた梅干しも効くそうですわ、苦手でなかったら召し上がって下さいな」
何故この女はこんなにもピンピンしているのか……。
「ふふふ…何故わたくしがは二日酔いになっていないのか、不思議にお思いかしら?」
「!!」
「理由は一つですわ、無理しない程度にしか飲んでいませんもの。
ビールとは飲む量を競うものではありませんわ。家族と、恋人と、友人と、みんなと一緒に楽しむものですわ」
と、言う事は!! ミリダの「無理しない程度の量」と、兄さんの「無理をした量」はほぼ一緒だったというのか!?
さすがはビール消費量世界一の国……格が違うのだろうか…。
「嘘つけっ。飲み比べする前に、一人こっそり牛乳飲んでたくせに」
「あら、何の事かしら?」
「白々しい……いつもは牛乳なんてそうそう飲まないくせにさぁ…」
「だって美味しくないんですもの……」
クブコはそう言ってミリダを批判していたが、ミリダのビールを飲む時の心得と姿勢……
なによりも、「ビールとは、みんなと一緒に楽しむもの」というその言葉に、俺はどこか根本的な部分で負けた気がした……。
そんなこんなで迷惑を掛けまくった一日となってしまったが、数時間後、兄さんの二日酔いが軽くなると共に、
ミリダとクブコの二人に十分に謝って俺達は自分達の家と帰った。
「やっと帰ったね〜……騒がしかったけど、まぁ楽しかったかな?
ふぁあ……じゃあミリダ、俺ちょっと寝るから…客室貸してね……。……? ミリダ?」
「ふふふ…これでまた、我が国でのビール消費量が増えましたわね♪」
「ああ……珍しく挑発なんかして、何か変だなとは思ったけど…それでだったんだ?」
「ええ、ビール消費量世界第一位の座は、ルートさんの家の方がチェコビールを愛して下さっているからこそ、ですものね……。
きっとルートさんとギルベルトさんも、また飲みにいらして下さいますわよ……ふふふ…フフフフフっ…」
今回はアポも取らずに騒ぐだけ騒いで潰れてしまったが、もしチェコがよしと言ってくれるのなら、
次はゆっくりと、あの居心地の良い部屋でゆっくりとビールを味わいながら政治の話でも楽しみたいものだ……。
ふらついた足で歩く兄貴を支えながら、俺はそう思ったのだった。
…………………………………………………………………………………………
ビールの消費量世界一はチェコ、というのは有名な話。
しかし、とあるサイトで「それはドイツ人がよくチェコにビール飲みに行くからだろ常考」的なお言葉を見つけて書いたやつ。