「ねえねえ兄ちゃん!いいでしょう、クッキー! 兄ちゃんにも一枚あげるね!」
そう言って差し出された、クッキーをしっかと握った弟の手を見つめて、俺の顔はいまどれほど歪んでいるだろう。
甘くてしょっぱい(ふたつめ)
「人にやるモンをんな風に握んなよな! 手汗ついちまうだろバカ弟が!」
石橋の欄干に座っていた俺は、そう言って握られたクッキーを乱暴にひったくった。
俺いま汗かいてないもんー、とバカ弟が言ったのを、そう言う問題じゃねえ!とちぎちぎ声を鳴らしながら返す。
「・・・お前、コレ誰に貰ったんだ?」
ピスタチオのふんだんに入ったそのクッキーを一口かじって尋ねる。
「ヴェ?食堂のお姉さんが作ってたのを手伝ったら、袋に入れて分けてくれたの」
そう聞くや否や、クッキーをぽいと口に放り込み、もぐもぐごくんと食べて欄干を飛び降り走り出した。
「兄ちゃん、『ありがとう』はー!?」
「おー、うまかったぞー!」
弟が叫んだのを背中越しに手を振って答えた。
目指すは食堂、一直線だ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「へっへっへ…いっぱい貰ったぜ…」
食堂から出て来た俺が手に握っていたのは、さっき弟が持っていたよりも、ズシリと重い袋だった。
そしてその中には、クッキーが何枚にも折り重なって入っている。
弟は、俺のいた石橋まで袋の中身を食べながら歩いて来た様だったが、俺は一枚だって手をつけない。
何故なら、これは自分用ではないのだから!
機嫌良く歩いていると、庭の花壇のそばにじじぃの姿を見つけた。
さっ、と隠れて袋を見、にへへと笑った。
そう、このクッキーは自分用ではく、じじぃにやる分なのだ!
ピスタチオ入りのクッキーは、じじぃの大好物だ。
きっと驚くぞ、泣いて喜ぶかもしれない。
何てったって、俺が手伝って分けて貰って来たモンを、わざわざやるんだからな!
「おーいじじぃ!」
そう、声を掛けた時だった。
「良いモン持ってきてやっ…」
―ズテッ!!
豪快な衝突音を立てて、俺はその場でズッこけた。
「ロヴィ!!大丈夫か!!」
じじぃがすぐに駆け寄って来てくれたが、正直全然大丈夫じゃない。
打った顔面は熱くなって痛いし、すった膝は血が滲んでいる。
でもそれより何より。大事に抱えていたクッキーの袋は、ものの見事に俺の腹の下で潰されていたのだ。
おそるおそる中を見てみると、案の定、さっきまで綺麗に丸かったクッキー達が、バラバラに砕けてしまっていた。
俺はすごく悲しくなって、涙が溢れて止まらなくなった。
大きな声で泣き出すと、じじぃはオロオロと俺の背中をさすり、俺を抱き上げた。
「クッキー潰れてしまったか。新しいの貰いに行こうな」
そう語りかけるじじぃの声が、あまりにも優しさに満ちていて余計に泣けてくる。
「いらねー!もういらねー!」
しゃくりあげながら叫ぶ。
だって、サッと取り出して、バーン!とふんぞり返って、いっぱい褒めて貰って、にこにこ笑って貰う予定だったのに……
今この状態で渡しても、顔はぐずぐずで、声もぐしゃぐしゃで、かっこわりぃだけじゃねえか!
「あれ!おじいちゃん、兄ちゃんどうしたの…?」
最悪だ。最悪のタイミングで、弟に鉢合わせちまった。
「兄ちゃん、血が出てるよぅ…」
そう言って、自分まで泣きそうになってやがる。
「ロヴィは転んでしまってな…。」
「兄ちゃん泣かないでー!兄ちゃん泣かないでー!」
「こっち見んなチクショ―がっっ!!」
弟め、俺には「泣かないで」なんて言いながら、自分は泣いてやがる。
いやに時間が長かった気がするのは、惨めな気分だったせいだろうか。
やっとこさ食堂につくと、コックや手伝いの女達が、こちらを見て一体何事かとざわついた。
「さっき転んでしまった拍子に、クッキーが潰れてしまって…もう一袋貰えるか?」
じじぃが言うと、手伝いの女達が急いでクッキーを用意する。
「良かったなロヴィ、新しいの貰えたぞ」
そう言って渡されたが、俺は何とも微妙な気分で、むすくれたまま黙り込んだ。
「ヴェー、いいなあ兄ちゃん。俺もクッキーもっと欲しいなあ」
さっきまで泣いてたバカ弟が、今度はヘラヘラ羨ましそうにこっちを見て来た。
「しゃーねえなあ…ほら、一個やるよ」
そういって一枚取り出し、弟に渡す。
わあい!、とバンザイして喜ぶ弟を見ていると、何だか笑いがこみ上げた。
「おいじじぃ!もうこんなモン、いらねーからやるよ!!」
そう言ってズイと付き出すと、いいのか?本当にいいのか?としつこく言いながら、じじぃはしぶしぶ袋を受け取った。
中身を見て、何に気付いたのか、ニッコリ笑う。
「そうか、そうか。『いいモノ』、か。ロヴィはやっぱり優しいな」
そう言って頭を撫でられたが、
「ちっ…ちぎー! ガキ扱いすんなコノヤローがっっ!! 俺はもう行くぞチクショ―が!!!」
そう悪態をついてその場を離れる事しか出来なかった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
また、石橋の欄干に座っていると、バカ弟が走ってやってきた。
足音と共に、「ヴェ、ヴェ、」とリズミカルに声が漏れる。
「兄ちゃん、さっきのクッキー、半分こしよー。ハイ、あげる!! って言っても、もともと兄ちゃんのだけど」
そう言って差し出された弟の手には、またもや、半分に割られたクッキーがしっかと握られている。
「ちぎー!だからそうやって握ると汗が…」
「兄ちゃんて、素直じゃないね」
さっきと同じ忠告をしようとした俺の言葉を遮り、弟は俺の隣へ「よいしょ」と座った。
「……うっせーぞコノヤロ―…」
弟と二人並んで食べたクッキーは、バターがたっぷり使われていて、甘くて、しょっぱい味がした。
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じいちゃん子ロヴィ第二弾。ちび伊兄弟に夢見ていてスイマセンww
ちびズにしちゃ、ちょっと精神年齢高かったかな…
小さい子が、ルンルン気分だったところで転んで泣いちゃうの、すごく好きなんです。←
特に「誰かのために何かしてあげようと頑張って、それが駄目になっちゃった時」が特に!←←←
意地悪なんじゃなくて(笑)、つい感情移入して、一緒に泣いちゃうんですよね。
そうすると、自分も凄いピュアな人間になれたみたいな気分になれて…。
「はじめてのおつかい」なんかは毎回号泣です(笑)
にしても、もうちょっと良いタイトル思いつかなかったのか自分に問いたい。